甲斐武田、遠州侵攻最前線基地を探索せよ
高根城・高天神城・勝間田城・諏訪原城
今回も訪問日は同一日ではなく編集してある。
元々、城攻めに赴いたのではなく、彼女のお茶を買い求めに川根まで出かけたのがキッカケだ。
大体、川根は遠いのだ・・・キョリ云々よりもウネウネした山道を延々と走らなければならず、
最初のうちは楽しいのだが・・・そのうち飽きてくる(^^ゞ。。。徐々に苦痛になるのだ。
そこで気分転換を兼ねて、帰路をR362から県道389に変更してみた。
・・・やっぱり山道で、しかも細いしガケ崩れの落石がそこら中に落ちてるし・・・やめときゃよかった。。。(ーー;)

勝坂城 かつさかじょう
静岡県周智郡春野町勝坂 町指定史跡
築城年・築城者不明。
徳川と武田の抗争で使用された城らしく、徳川方の犬居城攻めの際、完全包囲された犬居城主・天野景貫が逃げ込んだらしい。
結局、ここも徳川方に奪われたらしく、しばらく徳川方の居城だったらしいが、1581年には廃城になったらしい。
そんな時に見つけた城址がこいつ。
ご覧のように、とんでもないところに突然看板だけが建っている(左)。 (中画像、橋の向こう側に史跡看板がある)
どこから行けるのか、あるいは行けないのか・・・帰宅後調べてみたけど、手元の資料ではよく分からなかった。
町指定とはいえ、史跡指定を受けてるので、なんらかの形で保護はされているんだろうが・・・。
しかしまぁ、えらい山奥である。。。こんなところに城作るとは・・・(笑)。
こんなところで「働け」、と言われたら、例え城主待遇でも絶対イヤだ(笑)。
近くに小さいけど、キレイな水の滝が道から見えたよ(右)。

その後の行程は更にヘコむ。。。車の往来などもちろんなく、徐々にマジェでは登るのもしんどいような坂道に。
正直、どこに向かってるのか自分でも不安になりつつ進むと・・・大きな分岐に到達。 でかいシカがいた(笑)。
結構な人が観光に来ているのだが・・・みんなどのルートで来てるんだろうと思ったら、天竜スーパー林道を
使っているようである。。。あんなヘンピな道でやってくるわしは相当マヌケっぽい雰囲気だ。。。
ちなみに中画像の道こそが天竜スーパー林道。 看板にもオフロードバイクが描かれている。
だが、わしゃ地元ながらここは1度しか来た事がない。。。
主要林道の大半が舗装化されてるので、おもしろくないのである(もちろん脇道は多数あるが)。
10年ほど前で「なんだ?ここは」と思ったぐらいなので、今では全線舗装化しちゃったのかもしれない。
とりあえず神社があったので立ち寄ってみる。

山住神社
祭神は、過日のガンダム岡山MTの折、立ち寄った大山祇神社と同じく、大山祇命。
当然の事ながら、そこから分霊されたらしいが、創建は702年だそうだ。
後年、高根城(この後に訪問する)の城主が拝殿を寄進したそうで、なかなか立派でいい雰囲気。
三方ヶ原で敗走した徳川家康が、ここに逃げ込んで武田軍に追い込まれた時、山全体が唸りをあげ、
驚いた武田軍が逃げた為、家康は難を逃れた・・・という伝説があるらしい。
三方ヶ原の家康敗走にまつわる伝説は多々あり、各ルートもてんでバラバラなので、その多くは「伝説」なのだが、
(実際、敗走ルートの記録が残っていない)しっかり山門に「三つ葉葵」が刻まれている。
ちゅーか、どう考えても三方ヶ原からこんなところまで逃げてこねーだろ(^^ゞ。。。

境内には樹齢1200年という神木が2本、ドドーンとそびえてます。
江戸時代にはこの周辺、幕府の伐採により木々が少なかったそうだが、
当時の宮司さんが40年で36万本植樹したそうだ。
今では周辺は木々に覆われ、山住杉として林業で有名らしいよ。
右画像は、静岡県神社庁の御神木指定証(笑)。 神木にもこんな認定制度があるんだと、ちょっと笑った(^^ゞ。
ちゅーか、わざわざ表示せんでもよかろうに(^^ゞ。。。
神社で休憩後、今度は峠を下る、下る、下る・・・。 そして目的地・高根城に到着。

左・中) 下山後、駅前(といっても無人の小さな駅)で休憩中に何気なく見た交通標識。
なにか雰囲気が違うと思ってたら・・・めちゃくちゃ小さい(笑)。 やけにかわいい標識である。
右) 時刻表を見ると、1日10本前後しかない・・・バイクで来てよかった、と思った瞬間(^^ゞ。
ちなみに、この路線(JR飯田線)の起点は豊橋なのだ。

その後、R152から左手に高根城本丸の櫓を見ながら(矢印の部分)帰路に・・・。
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翌日、再び静岡方面の城攻め。

「高天神城を制するものは遠州を制す」とまで言われた名城・高天神城である。
さすがに著名な城郭らしく、山城でありながらデカイ案内板があるのでアクセスは非常に容易。
高天神城を制したので、もう遠州を制したのも同然だが、残念ながらまだ実感が湧かないので(笑)次へ向かう。
一路、東へ歩を進め、お茶畑をかすめ勝間田城へ。

勝間田城 かつまだじょう
榛原郡榛原町切山 町指定史跡
築城年・築城者不明。
この地域の豪族・勝間田氏の拠点として鎌倉〜南北朝時代より存在していたらしい。
幕府や朝廷との繋がりも深かったようで、大阪千早赤阪近辺に出兵した記録もあるそうだが、応仁の乱に呼応し今川氏と対立した直後に敗戦。
一族は散り散りに敗走し没落、その後歴史の表舞台からパッタリ姿を消してしまう。
現在、箱根や御殿場方面に勝間田・勝田という姓が多い事から、そちら方面に安住の地を求めたとも考えられるそうだが詳細不明。
応仁の乱以降、城郭は廃城となり歴史の表舞台に登場する事はないが、遠江進出のため武田氏が入り改修をしたとも伝えられる。
しかしながら、明確な史料がなく伝承の域を出ない。

駐車場からめちゃ遠い(^^ゞ。。。お茶畑に囲まれた舗装された道ではあるが、トボトボと進む。
結構登ったあたりで、ふと見ると・・・左画像の場所に出る。
「出曲輪」というカンバンがあるが・・・完全にお茶畑である(^^ゞ。。。
更に進むと、ひとつ前の画像部分に出て、大きな史跡碑が出迎えてくれる。
脇にある道は、観光用に作られたものか、少々不自然な形状。。。そこを入ると三ノ丸(中)。
結構広くて、周囲をグルッと土塁が囲んでいる事を考えても、やっぱ土塁の切れ目は不自然である(笑)。

一旦、元に戻り道なりに進むと・・・ありゃ、今度はこんなところに出た。
手前の平地が三ノ丸で、土塁の向こうが二ノ丸であるのはいいのだが・・・
「ようこそ!いらっしゃいませ」と言わんばかりにポッカリ開いた、この道はなんだ?(^^ゞ
ん〜・・・こんな単純な大手道で大丈夫なんかいな? ちなみに土塁の高さは2〜3mと結構迫力あり。
(
帰宅後、あれこれ調べてみたら、ここの大手道ルートはハッキリしてないそうだ。 この道は観光用かもしれない
)

二ノ丸内部は発掘調査で12棟の建物跡が見つかったらしく、一部復元してある。
左が礎石跡で、右が掘立柱跡らしい。 この時期の礎石建造物は珍しいナリ。

二ノ丸を囲む、かなり高い土塁に登って周囲を見渡してみる。
左が三ノ丸、左中がその反対側にある西三ノ丸(中央の白いのは掘立柱跡)、右中は周囲を囲む土塁の様子。
右は二ノ丸(手前)から眺めた東尾根曲輪の一部。 ずーっと左方向に伸びているらしい。
曲輪を寸断するV字の堀切(左側の切り込み)の様子がよく分かる。

二ノ丸を後にし本丸を目指す。
途中の道は舗装はされているが、ご覧のようなガケっぷち(左)。。。(手前が本丸方向)
途中、堀も姿を見せる(中)。舗装された道は、武者走り(緊急時の通路)か?
その道から二ノ丸を眺める(右)。
公園整備された関係もあるだろうが、山の地形を利用してキレイに上部を削平してる事が分かる構図。

東尾根曲輪に到着。 左手に二ノ丸(左)、振り返れば本丸方面(右)。
ここからの二ノ丸の眺めは素晴らしい♪ (本丸の様子も見えれば完璧なのだが・・・)
キレイに削平され土塁に囲まれた曲輪、深く落ち込んだ谷、遠くに望む山・・・これこそ「城」である!ビバ♪

とりあえず行ける先端まで行ってみる。 敵の侵入を抑える堀切が、断続的に切られてる事もよく分かる。
向こう側は木々が覆い茂っているが、こういう堀切が7〜8個続いた最先端に物見があるらしい。
(観光用のルートは残念ながら無い)

引き返し本丸方面へ向かうと、北尾根曲輪(左)。
その先を覗いてみると、堀を経由してもうひとつ曲輪がある(右)。 北尾根曲輪の一部らしい。

本丸の跡地

本丸の裏に出ると道が繋がっている(左・左の山が本丸)。
この先にも尾根伝いに、南曲輪・腰曲輪・物見などがあるようなのだが・・・
途中で草木が多くなり、道を見つけるのも困難なので引き返す。
恐らく、途中にあった左画像の山が南曲輪と思う・・・けど確信はない(^^ゞ。

ひとしきり堪能して、下山・・・この道(舗装されたウネウネ道)の下に駐車場があるのだ(^^ゞ。。。遠い(ーー;)
もしかしたらお茶畑を突っ切って行った方が楽だったのかも・・・ってか、そんな事してもいいのかな?(^^ゞ
勝間田城攻略後、今度は北上。 遠州制覇(全然制覇してないけど)の仕上げは諏訪原城だ。


そして諏訪神社の場所へ出て、その脇から民家の間を抜ける。 本来は、ここが大手道だったらしい・・・(左)。
抜けた道は旧東海道そのもの。右画像の手前部分が大手道で、向こうが駐車場。
江戸時代に刊行された東海道の古地図などを見ると、「武田信玄古城跡」と明記してあるものもあるので、
当時ここを歩いていた旅人も「遺跡」を散策したのかもしれない。
参考資料
図説中世城郭辞典2 〜中部・近畿1
日本城郭大系9 〜静岡・愛知・岐阜
日本廃城総覧
浅野文庫蔵 諸国古城之図
国指定史跡 諏訪原城の沿革 〜金谷町教育委員会(無料パンフレット)
戦国人名辞典 増訂版
戦国大名家臣団辞典 東国編